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 わたしは、日向(ひうが)うまれである。むづかしくいふと宮崎縣東臼杵郡東郷村大字坪谷村小字石原一番戸に生れた。明治[#「明治」は底本では「昭治」と誤記]十八年八月廿四日のことであつたさうだ。村は尾鈴山の北麓に當る。そこの溪間だ。この溪は山陰(やまげ)村にて耳川に注ぎ、やがて美々津にて海に入る。山陰村より美々津港までの溪谷美(といつても立派な河であるが)は素晴らしいものであるが、邊鄙(へんぴ)のことゝて誰も知るまい。同地方特産の木炭の俵の上に乘せられてこの急瀬相次ぐ耳川を下ることは非常に愉快である。下り終ると美々津の港の河口に日向洋の白浪の立つてゐるのがそこの砂濱の上に見える。小さい時山奧から出て來てこの浪といふものを見た時はほんとに驚喜したものであつた。

こまかな雨が來ました
身體のめぐりの
曼珠沙華が次第に濡れて
なんとも云へぬ赤い色です
それが水にも映つてる
對岸の藪の向うでは
見えはしないが
蟲送りでせう
かん、かん、かんと秋らしい鉦が聞える
富士から愛鷹にかけては
いちめんに塗りつぶした樣な雲で
私の釣竿からも
たうとう雫が落ち出しました

 私は五六歳のころから齒を病んだ。そして十歳の春、私の村にない高等小學校に入るために、村から十里離れた或る城下町の父の知人の家に預けられ、其處でも一二年續いて齒痛のために苦しめられた。
 預けられた二三軒先の隣に鈴木の健ちやんといふ仲よしの同級生がゐた。子供の眼にもつく美少年であつた。その健ちやんの阿母さんが非常に優しい人で、それこそ子供の眼にもつく美しい人であつた。健ちやんに二人の妹があつた。その人たちが七つに九つといつた年ごろであつたとおもふ。或る日、健ちやんの阿母さんは私の齒痛を見かねて、その三人の子供と私とを連れて齒痛どめの神さまとして知られてゐる附近の村の水神さまにお詣りに行つてくれた。

 
 
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